あらすじ

菅沼翔一は若くして才能を発揮し、海外のオーケストラで将来を嘱望されたバイオリニスト、だった。
とある事情で、その楽団での居場所を失うまでは……。

音楽家としての道を閉ざされたと感じた翔一は、
自分の愛器であるバイオリンをも手放し、失意のまま帰国。
そんな折、ひょんなことからライブハウスに住み込みで勤めることになった翔一は、
自分の知らなかった「世界」に触れることになる。

まったく違う場所で、それぞれの「生き方と音」を主張し続けてきた不器用な
人間たちとの出会い。
バラバラな人生は線となって絡み合い、絆となって未来への道標となっていく。
翔一と運命の出会いを果たす仲間たちは、 過去や試練を乗り越えることで、
個人として、バンドとして、どのように成長していくのか……。

「ライブハウス」という場所で新しい音楽を通じ、
新しい世界を広げ、 高みを目指す青春+ロックンロールの物語。

ストーリーダイジェスト

バイオリンはもう俺の体の一部だ。俺の意志をそのまま音にして歌ってくれる。
俺のバイオリンがいい音で歌えば、オケの仲間も素晴らしい演奏で応えてくれる。
1人1人は個人に違いないが、その個人個人が奏でる音の集合体は、1つの生き物のようだ。

何にも代え難い、かけがえのない時間。
例え舞台の外でどんなにイヤなことがあったとしても、この至福の時間さえあれば忘れられる。

俺は1度はこの手に夢を掴んだ。

青空の下、1人の女の子が気持ちよさそうに歌っていた。

うっすら目を開けると、その横顔が見えた。
見知った懐かしい顔だった。
何年も会ってなかったはずだが、印象はほとんど変わっていない。

桜井かなで──
この町でいっしょに育った、俺の幼馴染みだった。

仕事も行くあてもない俺に、かなでが住み込みのバイトを紹介してくれたのだ。
かなでの実家のライブハウスのバイトだ。

「翔一クン、おかえりなさい」
「ただいま」

俺は小さな声で答えた。
胸を張って「ただいま」とは言えなかったから。

もうすぐ夏だというのに黒いスーツに黒い帽子姿。
サングラスまで黒い。
火の点いたタバコを片手に、煙を吐きながら歩いてくる。
この辺はたしか路上禁煙だって聞いたけど。
危険な匂いのする人だった。

そんな人が、マスターと難しい顔をつき合わせていた。
マスターと権田さんが、難しい顔を付き合わせていた。

「1人じゃ無理だろ。1人じゃバンドって言えないし、納得しないだろう」
「まあ、そうですね」

いったいどうするつもりだろう。まあ、俺には関係ないけど。

「翔一、おまえギターやってみないか?」

「ギターの先生を紹介してもらえませんか? どんな人でも構いませんから」
「うちのお客さんにいるんだけど、ヘンタイなんだよな」

「あのぉ、大場弥生です。よろしくです、ハイ」
ちょっと変わった子だけど、大場さんのギターに対する情熱や腕前は本物だ。
これならいいレッスンができそうだ。
がんばるぞ!

…………

「やる気あるのかーーーーーー!? なんでっ!?どうしてそんな簡単なところで引っかかるんですか!?」
「いや、どうしてもこうしても……」
「言いわけするなーーーーーー!!!」
大場さんはスパルタだった。
めちゃくちゃ。
バイオリンのレッスンでもこんな怒鳴られたことないぞ、俺。

「おい、どういうつもりだ?」
権田さんが、芳谷さんに向かって声を荒げた。

「悪かったわね。でも、文句ならそこのギターに言いなさいよ」
俺の方をアゴでしゃくる。

「あんまり情けない音鳴らしてるから、イライラしてつい黙ってられなかったのよ」

何も言えないでいる俺から目を逸らすと、芳谷さんはさっさとステージを降りてしまった。

「キツイ女だな。だがいいボーカルだ」

「何歳からドラムをやってるの?」
「ん~? 1歳ぐらい?」
「え? 1歳!? そんな小さなころからやってるの?」
「パパがおもしろがって叩かせたんだって。じゃあネコ呼ぶよ」

りむちゃんがドラムを叩きはじめると、想像してもいなかったような音が飛び出してきた。
かなでもりむちゃんの演奏に釘付けになっている。

まさか、こんなパフォーマンスを見せつけられるなんて。

「ネコネーコ♪ カモーーン!」

「それでも、アンタはあたしなんかが到底行けない場所で戦ってたんでしょう?
そこからはいったい何が見えるの? もしアンタといっしょにやったら、あたしにも、
アンタが見たのと同じものが見える? アンタが至ったような高みにあたしもいつか……」
「キミといっしょに」

芳谷さんが大きな目をさらに見開く。
その瞳に、輝くステージが映っているみたいだった。
そこに今までなかった強い光が生まれている。

「アンタたちのバンド、入ってもいい」

芳谷さんが力強く言う。
そのとき、強い風が吹いた。

いつもは海からこちらへ吹いている風が、突然向きを変えたらしい。
吹く風に身を任せれば、海の向こうまで飛んで行けそうだった。

風が吹けば気分も変わる。俺にとっても、今が転機だという気がした。

いつもはお世辞にもまとまってるとは言えない俺たちだが、その1人1人の出す音は、絡み合って1つになっていく。

みんな、なんてキラキラした音を出すんだろう。
こんなに歪んだ音なのに、1つ1つの音がキラキラ光って見える。
音に包まれたみんなの体まで、キラキラと光って見えた。

音が溢れるステージは、今や光の洪水だった。
溢れた光がホールにこぼれ落ちる。

俺たちとお客を隔てていた距離を、今はキラキラ光る音が満たしていた。

みんなが俺に手を重ねる。
4人の重みが手の甲に伝わってきた。
自然と気持ちが引き締まる。

みんなの視線が絡み合う。
重ねて手から、熱を持ったパワーが体に流れ込んでくる。
そいつが体の中で暴れてる。
体がウズウズしてもうじっとしていられない。

重ねた手に力を込める。

「GO! DEARDROPS! GO!!!」
「LET'S Rock'N'Roll!!」